1月12日、白百合女子大学で開催されたシンポジウム「歴史の共有と協働 ニューカレドニア、日本、フランス」は、関学経済学部に赴任したばかりの二村淳子先生が彼女の古巣でニューカレドニア大学と提携を結ぶ白百合女子大学と共同で企画したものだ。先にニューカレドニア大学からふたりの先生を招聘することが決まっており、私はそこに声をかけていただいた。しばらく研究発表をしていなかっただけにとてもありがたいお誘いである。
3ヶ月前の2024年10月、私は、旧知のヌメア日本領事館事務所の初代所長増田是人氏を大学の特別講義に招いた。増田さんは、パリに赴任していたときに関わったジャポニズムのフェスティバルについて、さらには国際政策学科の学生対象にニューカレドニアの現状について話された。それを聴講しにきていた二村先生が、シンポジウムへの登壇を増田さんにお願いした。
現在ニューカレドニアは、2023年5月13日にはじまった暴動によって島中が大混乱している。日本でも、NHKBSのワールドニュース(NHKシドニー支局長による報告)で約10分の特集番組が放映された。もともと長く複雑な政治背景がある島だけに、たった10分では容易に伝えきれない。私のように長くニューカレドニアに通っているものでも、現地に暮らす当事者たちでさえも、いったい何が起こっているのかを簡単に説明できるものではないだろう。
この暴動によって市民の生活は完全に狂ってしまった。あちこちにバリケードがはられ、容易に街を行き来できなくなり、商店、スーパー、教会、学校、図書館なども破壊、放火された。市民は自衛団をくんで、なんとか自分たちの住む場所や家族を守っていた。
観光産業はまったく機能しなくなり、成田からのエアカラン航空直行便は廃止された(コロナ以前は、関西からも直行便があった)。今では日本に行こうとすれば、シンガポールかシドニーで乗り換えることが必要になった。当然ながら日本からニューカレドニアに向う観光客はほぼいなくなった。日本だけでなく、あらゆるところから観光客が来なくなり、観光に支えられてきた島の経済は破綻しつつある。
2023年、私がサバティカル休暇でヌメア滞在中に、東京に新しく開設されたニューカレドニア観光局の日本代表に友人宅でお目にかかった。彼らは熱心に調査をして、従来のイメージに縛られない新しいニューカレドニア観光のプランを考えていた。しかし、今回の暴動で観光局はなにもしないうちに解散となった。ニューカレドニア本来の魅力がやっと知ってもらえると期待していただけに、とても残念である。
この暴動のきっかけは、住民の選挙権を、10年以上ニューカレドニアで居住していたか出生した人に拡大するという法改正(現在は延期となっている)に対して、先住民族カナックが反発したことに始まる。選挙権を持つ非先住民族カナック(ヨーロッパ系白人)が増えれば、必然的にカナックの声は反映されなくなる。それは再植民地化につながるととらえられたのだ。
もうひとつおさえておく必要があるのは、3回行われた独立に関する国民投票である。2018年の2回目の投票では想定外に独立派の票がのびた。結局、2020年の最後の投票でフランスに残るという結論が出たのだが、3回目の投票はコロナ期に重なり、投票の延期を求めた独立派が投票を放棄してしまった。
このような状況下で、未来に不安を感じてやまないフランス本土から移住してきていた白人たちは、2回目の国民投票、コロナ、そして今回の暴動を機に、荷物を売り払って本国に戻る人が増えた。その数はここ数年でおよそ10000人にのぼるという。人口25万人に対してそれなりの比率である。
破壊と放火がくりかえす独立派の先住民族カナックに対する白人たちの嫌悪や憎しみが増長されていくことがSNSなどで顕著にみえてきて、私は対立する構図が露骨になったことが残念でしかたない。マルチ民族社会でうまく共鳴してきた人たちはいったいどうしているのだろうか。
それでも状況は少しずつ良くなってきていると聞く。友人たちとは長く連絡をとっていないが、早くふつうの日常生活をおくれるようになって欲しいと願うばかりだ。たよりのマクロン仏大統領は、選挙、オリンピック、トランプ対策などで忙しく、ニューカレドニアのことは後回しである。