東京からの帰り、三島で降りてヴァンジ庭園美術館に寄った。ここにあるIZU PHOTO MUSEUMで開催中の「時の宙づり」という不思議なタイトルの展覧会を見るためだ。
展覧会のタイトルから想像したのは、生と死の境目に人々が日常生活において展開した写真表現、つまり第三者に見せる写真作品ではなく、個人的な理由で制作された写真を集めているのだろうという程度のことだった。10年ほど前だろうか、フランスのオルセー美術館が『Le dernier portrait(最期の肖像)』という展覧会を企画し、死者を描いた絵画や写真、デスマスクを展示したことがあったので、DMの文面もたいして読まずにそんな内容かと勝手に想像していた。
実際に足を運んでみると、いろんな素材を交えたミクストメディアの写真や木彫と組み合わせて立体写真になったもの、写真をもとにした遺影など、予想以上にヴァリエーションがあり、あらためて「死」にまつわる記憶のあり方を考えなおす実に良い機会となった。
本展のキュレーターはNYの写真史家ジェフリー・バッチェンで、会場には欧米、メキシコ、日本などから、彼が定義するところのヴァナキュラー(ある土地に固有の)写真と呼ばれるものが集められていた。なんとか記憶を維持するため、同時期多発的に人々がとった方法、それは写真の出現とともに始まったと言えるかもしれない。そうだとすれば「写真」は思い出づくりの方法と真顔でいう今の学生たちの単純な解釈もまんざらではない。
ところで、移民達が残した写真もまたヴァナキュラー写真と言えるのだろうか。今迄にニューカレドニア移民の写真はずいぶん見てきた。たいていが郷里の本家や肉親に自分の成功や近況を伝える目的で撮影され送ってあったものなのだが、そのなかでも特に多いと思ったのは、墓石を囲んで撮影された集合写真だった。カレドニアで「なんのために日本人は墓で写真を撮るのか?」と聞かれたことがたびたびあったので、どうやら日本的な習慣らしい。
たとえば、ニューカレドニアでひとり日本人が亡くなったとする。葬儀にあたって同郷の人が集まり、棺桶を造り、墓石を用意するなど、それぞれが仕事を分担する。埋葬が終わって墓が建つと、写真屋を呼んで家族や同郷の友人達が墓を囲んで撮影する。墓には酒やビールが供えられている。
私が見せてもらったこういった写真の多くは、故人をあの世に送り出し墓を建てた友人が、自分自身の本家や実家に送ったものが多かった。当然、写真は故人の近親者に送られるために撮影されていたのだろうけれど、写真は写っている人の数だけプリントされたのだろう。めったに撮ることのない写真は貴重なものであり、自分の姿が写る限り、近況を知らせる貴重な機会となった。写真を受け取った遺族は、苦労して亡くなった人を偲びながらも、移民達が助け合う姿を想像し、少なくとも墓が建てられたことに感謝したことだろう。
展覧会を見終え、美しいクレマチスガーデンを歩きながら、ヴァナキュラー写真という概念に則って、同じ移民の墓での写真でも、日本の統治下にあった満州や台湾、あるいはハワイやブラジルなどの移民たちの写真と比較したり、あるいは移民の出身地によってどんな差異があるのか、そういうことを検証していくのも面白そうだと思った。